vol.1 堀田力さん
  vol.2 吉行和子さん


 


先日はお忙しい中を映画「折り梅」を見て頂いて有り難うございました。まずは先生のご感想をお聞かせください。


涙が出て仕方ありませんでした。一番前の席でよかったなと思いましたよ。本当にすばらしい映画でしたね。吉行さん演じるマサ子さんが「絵」にたどり着いたことが、まず素晴らしいと思いました。

普通のお年寄りや痴呆の方に限らず、中年の人だって男性だって女性だって若者だって、それこそ子供だって同じだと思いますが、誰でも「私はこういう人よ」という存在証明をしたいんだと思います。その存在証明が彼女の場合「絵」という形でとりあげられて、そういう彼女自身のメッセージがあるから周りの人との関係も出来るんだよという、その点が非常に胸をうちましたね。

本当に感動的でした。だから高齢者の映画とか、そういう風には思わないですね。これは人間そのものを、たまたま痴呆になった高齢者の方を通 じて描かれたんだなあ、というふうに思いました。


高齢化問題、介護問題は、誰もがどうしても向き合わなくてはいけないと思いながらも、まだどうしても見たくないというふうに、避けていることが多い気がします。特に社会の第一線にいらっしゃる男性に、それを感じるんですよ。私はそういう方達にもぜひ観て頂きたいので、この映画を「介護映画」というくくりではなく、どんな人間関係にも通 じるものにしたい、と思って作りました。


ほんとにそうなってますね。今、日本社会では、人間同士の関係の持ち方が皆とても上手くなってきています。でもその分誰もがあまり本音を出さなくなっていますね。社会が複雑になるにつれて、いろんな人との付き合いの仕方が、もうセールスのマニュアルがあるくらいに出来上がっているのですが、人づきあいという意味では、交わる程度が全部薄くなってきてしまっている。社会性のある人ほどうまくすり抜けていくというか、特に男性は逃げているというのは、まさにそういうことですよね。女性も、子供との関係すら最近はかなり希薄になってきています。

ところが、痴呆になるということは、そういう薄い人間関係を打ち破って、人間そのものをむきだしにしてしまうことでもあります。『折り梅』もそこで、「どうするの?」という問いを突きつけていますね。そうなると、まずはじめは必ず大混乱が起こります。それを映画の中では家庭の中の混乱と、外からの見方とを本当に上手に描いてらっしゃいますし、そこの問題設定がまず胸にひしひしと来ました。うーん、参ったなあ、というかね。参ったなあ、と押し詰められて、映画を観ながらこの主人公達はいったいどういう答えを出すんだろう・・・と、非常にスリルを感じましたね。

ずっと追い詰められてきて、やがて「グループホーム」という答えに辿り着き、なんとかこれで収めてもらえるのかなあ、と思ったらそうではなくて、痴呆のマサ子さんが絵を書くことに到達して、そこに辿り着いたとき、人間らしい信頼関係を取り戻すという答えに導いてもらって・・・。これは実に大事なことです。でも、人間性が希薄になった現実の社会では、「本人が持っているものを認めましょう」というのが、この映画のようにはなかなか信頼関係に結び付けられないですよね。松井監督はそれを鮮やかに結び付けられたからすごく感動がある。ただ、こうして言葉で話すととても深刻な映画みたいですが、全然そういうとこがなくて、滑稽なところもたくさんある。役者さんもほんとに皆さんお上手ですよね。子供たちもほんとによかった。


ありがとうございます。今回、男性の登場人物が少なくて、トミーズ雅さん一人に男性像というのをフォーカスしましたが、この点についてはどうご覧になりましたか?男の方からは、例えば亡くなられたお母様を重ねて見たという方が結構多いんですね。「折り梅」をご覧になりながらご自分のお母さんを思い浮かべて涙されたとか、奥様に自分の親を介護してもらったことなどの感想をお持ちの男性がたくさんいらっしゃいます。堀田先生はご自分をどのように登場人物に重ねられてご覧になりましたか?


幸い私の場合は、母親も父親もとてもしっかり自立したまま亡くなったものですから。言ってみればはじめから終わりまで「絵」を持ってたような両親でした。その点は、私はラッキーだったな、と思います。
ですから私は登場人物の誰かに重ねて観るというよりも、実際に高齢者のためのボランティア活動の現場にいる者として、これはまさに日本全体の問題であると思いました。日本全体の問題を監督はこの『折り梅』で描いてらっしゃるのがすごいなと思いましたね。


トミーズ雅さんの夫役は、あまり妻に対して協力的でない男性像ですが・・・。


いやあ、日本の男性の現状から言ったら彼はよくやってる方だと思いますよ。女性から見たらまだまだこの程度では、という感じはあると思いますがね。映画のメッセージとしては、夫も一緒にやらなきゃというのはよくわかりますが、日本の現状から言ったらせめてこのレベルまではきて欲しいですね。彼は妻に押しつけてはいますが、ぎりぎり逃げ出してはいないです。

一番悪いのは自分は逃げ出しておいて、妻が全部やるのが当たり前だという顔して、それでそのやり方が足りないと言って責める。これが日本の夫の大多数です。そして夫だけでなく、夫の兄弟姉妹が奥さんを責めるというのが結構多いですね。それが現状だと思いますので、その点この映画の夫像はまだまだいい方なんですが、でももっと頑張らなきゃいかんな(笑)、と思いながら観てましたね。


堀田先生は、さわやか福祉財団でご活動されていて現実とは随分違うなというご感想をお持ちになりましたか?


いえ。そうではなく、しっかり現実を踏まえていて、まずせめてこのレベルまではこなきゃというのを示されて、しかしこれでも足りないよ、というメッセージもしっかり入っていますね。だから映画を見ていて自分自身が上手に励まされ、リードされる気がしました。


この作品はベースが実話であるだけに、これが実話でないと「こんなきれいごとはあるわけないよ」と言われてしまうかもしれませんが、実話であるという点が私自身も非常に励まされました。


その通りですね。私が言ってるのは多数派の話で、少数派として、実際に三組か四組に一組は、あのようなレベルに達している方がいらっしゃいます。これから先も増えていくと思いますね。でも、もうちょっと頑張りたいですよね。


先生のさわやか福祉財団は、これからグループホームの事業にお力を入れるとうかがいましたが、やはり痴呆の家庭介護には限界があってグループホームが一番適しているとお考えでしょうか?


家庭介護とグループホームを比べてはいません。今までは介護は家庭では難しい、では大きな施設へと。しかし大きな施設は誰にとってもだめですが、特に痴呆の方にとってはだめです。だからまずグループホームへ、という主張です。出来ればグループホームと家庭を同じにしてしまいたい。家庭とグループホームの入れ替えが出来るくらいに、そこまでにしたいと思っています。

映画で取り上げられていたグループホームは現実には相当上のレベルですね。あれは素晴らしいですね。映画の中で、こういう答えがあるよと見せておきながら、でもまだ預けてしまわずに家庭で頑張ってやろう、という点が素晴らしいなと思いました。答えが二重にある、という点が安心感がありましたね。すごく良い設定でした。グループホームが答えなんだよ、といきなり言われると、疑問に思う方もいらっしゃると思いますが、やっぱり家庭でこうなったらいいなと思いながら、でもその後どうなるのかな、という不安は拭い去れません。その不安を描かずきれいごとで終わってしまうと、映画としては感銘が薄い。

でも『折り梅』は、家庭介護が無理になった時にはグループホームがある、と描いてらっしゃるところが大変大きな安心感です。グループホームは答えではない、二人がわかりあうまでの単なる過程として描かれているけれど、実はすごい安心感を作っている。上手な二重装置だなと思いましたね。この二重装置を途中でさりげない形でいれて、ここまで奥深い答えを準備されているというのは、作り方としても大変うまいなあと思って観てました。


あのシーンでは、本物のグループホームにお邪魔してそこに入っていらっしゃる痴呆のお年寄りに出演して頂いてるのですが、はじめはスタッフ達から大反対されました。フィクションの中にドキュメンタリー的な要素が入ると、それまでの流れを壊すのでは?ということでプロのスタッフの方たちにとってはむしろそういうことは怖いことなんです。でも私はどうしてもあのシーンが入れたくって。あの方々の穏やかなお顔や、楽しく歌を歌ってらっしゃるシーンは絶対はずせないと思ったんです。


堀田先生に初めてお会いしたのは、介護保険が始まった頃の、雑誌の対談のお席でしたよね。その時に前作「ユキエ」が出来た後だったので、「次は老人の<性>を扱った映画を作りなさい」と先生はおっしゃいました。老人の性の問題をぜひ「女性の視点から扱って欲しい」と。


せっかく松井さんが高齢期をとらえてその人の人間性を追及しよう、えぐりだそうと、そういう取り組みをされてるわけだから、やっぱり高齢期の問題で人がなかなか取り上げない、特に映画ではまったく取り上げていない分野の一つに<性>の問題があると思いました。人はその部分をどうしても見ようとしないと言うか、そういうものは無いことにしたい。みんなが無視したがる問題だから、映画にはしにくいとわかっていながらね。

高齢者にとっての性の問題は、中年にとっての性の問題、若者にとっての性の問題、あるいは性に芽生える頃の子供たちの性の問題と全く同じなんです。人間の一番基本の問題ですが、それが特に高齢者の場合はタブー視されています。高齢者自身も無いことにしようとしていますが、それで不幸になるのは高齢者自身です。高齢者であるがために、普通 にしていれば普通に幸せになれるところを抑圧されていて幸せになれない。そういう大きな分野として性の問題があるわけで、これが明るく取り上げられるためには、人間が好きで、明るい方でないとなかなか出来ないことですから、これは是非松井監督にと。谷崎潤一郎みたいな取り上げ方ではなくて、高齢者の性というのを軽いタッチで、明るく温かな視線で取り上げていただくといいなあ、と期待したんですね。


確かに私自身も、老人の性の問題を真正面からとりあげたいという気持ちは、以前からありました。でも一方で私は、映画を作ったらどれだけのお客さんが見てくれるだろうという問題を常に抱えていますから、老人の性を扱った映画に果 たしてどれだけの人々に見て頂けるのかしら・・・とついつい現実的に考えて、躊躇してしまったんですね。そういう意味では堀田先生はどのようにお考えですか?老人の性の映画が劇場で公開された時に、大勢の方が見に来ると思われますか?


谷崎潤一郎的な撮りかたをすればかなりポルノに近くなってしまって、これは隠微なことに興味のある人しか来ないから、それはまともなアピールにはならないと思うんですね。シリアスに取り上げたら、それはほとんどもう見に来ないと私は思います。しかしある面 で人間の存在というのは真面目であればあるほど、社会のタブーと本音との距離があればあるほど現れ方ってすごく滑稽なものだと思います。

ですから、ただ人を馬鹿にした面白さとかではなくて、人間の本質をえぐりだしていてすごく微笑ましいとか、腹の底から笑えるとか、共感があるとか、そういう描き方もあるのかなあ、と思います。そうしたら結構おもしろい。それは年寄りのことがわかるということだけでなく、人間とはこういうものだということが解ることです。それがうまくいったら大当たりするかもしれませんよ。


日本の高齢社会全体に対して、先生がこれからご活動なさっていかれることについて、そして日本の皆さんに、何か先生からのメッセージをお願いします。


私ども「さわやか福祉財団」は、新しいふれあい社会の創造というのが最初からの旗印です。個性やプライバシーを尊重した上での助け合い、それによって全ての人たちが安心して暮らせる温かい社会、というのが理想です。これは子供も全部含めた社会像ですが、特に高齢者への対応が遅れていましたので、まず高齢者のところからそういう仕組みづくりをと、とりかかっているわけです。

社会での助け合いの仕組みをいろいろな形で提唱して広めているのですが、その中の取り組みの一つとして大事な要素が「グループホーム」です。これは社会をもっと温かいものにするというアプローチの中で、家庭をもっと社会全体に広げて、しかも温かいものにするという、家庭からの温かい社会作りです。その形としてグループホームのようなものがある。だから痴呆に限らず、母子家庭の方々などいろいろな人が気軽に入れるグループホームのようなものを目指しています。

痴呆になっても、知的障害があっても、幼い子供でも、個々の人の思いや能力があるわけで、全部を通 じて私どもの一貫した思想は、その<個々の思い>を大切にしたい。そこからふれあいが始まると思いますね。それぞれの思いを大切にする、という点がしっかり確立されていないと本当のふれあいも生まれない。だから行政の仕組みも全部含めて、この点を最も重要なこととして運動をすすめていきたいと思っています。

ですから『折り梅』では、たまたま「絵」というものがありましたが、痴呆になってもそういうものがあるんだよというメッセージを出して頂いたことがすごく心強く、一番大事なところを世の中に訴えて頂いたなと、私どもとの関係でも嬉しく思っているんです。『折り梅』を観たら、頑張ろうと思える気持ちになれますね。
ですからこの映画をできるだけたくさんの人に観ていただけるようにと期待しています。


ありがとうございます。本当に心強いお言葉です。これからもどうぞ応援よろしくお願いします。

 

 
堀田 力 氏 (弁護士・さわやか福祉財団理事長) 略歴
昭和 9年4月12日 京都府生 昭和 55年4月 東京地検特捜部副部長(ロッキード事件担当)
  33年3月 京大法学部卒業     58年6月 法務省刑事局総務課長
  34年4月 司法修習生     59年11月 法務大臣官房人事課長
  36年4月 検事任官(札幌・旭川・大津各地検に順次勤務)     63年4月 甲府地検検事正
  40年4月 大阪地検特捜部検事(大阪タクシー汚職事件等担当)   平成 元年9月 最高検検事
  42年8月 法務省刑事局付検事(財政経済事件等担当)     2年6月 法務大臣官房長
  47年2月 在アメリカ合衆国日本大使館一等書記官(後に参事官)     3年10月 最高検検事
  50年8月 法務省刑事局参事官     3年11月 退職、弁護士登録、さわやか法律事務所及び
さわやか福祉推進センター開設
  51年4月 東京地検特捜部検事(ロッキード事件等担当)     7年3月 さわやか福祉財団設立
 
著書
「否認」 講談社文庫
「再びの生きがい」 講談社文庫
「おごるな上司!」 講談社文庫
「学問はどこまでわかっていないか」 講談社文庫
「心の復活」 PHP研究所
「あきらめるな!ニッポン」 実業之日本社
「悔いなく生きよう」 講談社
「壁を破って進め - 私記ロッキード事件」 講談社
「心の自立」 法研

「生きがい大国」

日本経済新聞社
「これから人は何のために生きる」 講談社