| 「あんた、わたしが生きてるうちに、どうぞ三本目を作ってくんさいよ。わたし、それを楽しみに、もう少し頑張って生きるけん」
ある日の上映後、一人のおばあちゃんが私に近づき、かけてくださった言葉です。
「約束やよ。待ってるけんね」
と言われると、私の手を取り力いっぱい握りしめ、放そうとしないのです。
節くれ立った太い指。ざらざらと荒れた手のひら。そして強い握力・・・。私は握りあったその手の感触に、おばあちゃんの過ぎてきた人生を思い、ああ、自分は今日このためにここに来たんだ・・・と思います。
やがて、おばあちゃんの問わず語りが始まりました。
今日は朝から腰が痛かったので、その上朝から雨も降っていたので、映画に行くのはやめにしたいと思ったが、娘に
「いい映画だから。元気が出るから、行ってみよう」
と無理矢理引っ張ってこられたのだけれど、
「ほんとうに来てよかった、娘の言った通りだった。」
この二年、何度このような出会いを重ねてきたことでしょう。
いつのまにか、フィルムと旅することが一番の目的になっていました。
東京では孤独で押し潰されそうになっている私が、旅に出た先のお客さま達に会うことで、いつも元気を取り戻すのです。訪ねた場所は、どの町にもかならず素敵な人との出会いがあって、かけがえのないストーリーが待っていてくれました。
はじめて訪ねた長野県小諸の町―。
駅に迎えに来てくれた女性たちが、いきなり
「監督、あの山の上にいい露天風呂があるのよ。一緒に入りませんか?」
と誘われます。その時は、思わずたじろいでしまった私も、彼女達の案内で町の中を歩き、共に語り合っているうちに、初対面の入浴が少しも不思議なことでなくなっていたのでした。互いに背中を流し合ったら、もう一生「大事なお友達」。信州の女性たちは剛毅です。
吉行さんと行った愛媛県の御荘町―。
松山空港から三時間も車に揺られて辿りついた海辺の町では、地域活動に熱心な六人の若者達と上映後のシンポジウムに参加しました。お年寄りやハンディキャップのある方が安心して暮らせる町にするために、「自分たちは何が出来るか?」壇上で
熱く語る若者達の発言のたび、中高年層で埋まった会場のお客から何度も拍手が沸き起こりました。そして夜、100人の大交流会に続いた二次会の会場は、町の大工さんのお宅です。海から上がったばかりのサザエやアワビや伊勢海老を肴に大勢の人が、『折り梅』について、自分たちの町の未来について、深夜まで語り合っていたのでした。
北海道・道南の今金町は人口6500人の町―。
函館で『折り梅』を見てきた一人の主婦が、「この町でやって!」と行政に駆け込んだところから、何かが動き出しました。そしてたった一人の主婦の思いが、いつしか町の人々に伝わって行き、当日は900人の大上映会になりました。『折り梅』を見て涙した後、町の人々は自分たちの隣人の介護体験発表を聞きながら、もう一度熱い涙を流されて・・・。町ぐるみで感動を分かち合う瞬間を目の当たりにし、私にとっても忘れられない場所となりました。そんな『折り梅』の上映会をきっかけに、後日今金町には介護する家族達が支えあう会ができたとか。町の保健師さんから
「会の名を『折り梅の会』としていいですか?」
との電話を頂いた時は嬉しかったです。映画は忘れられても、あの町に『折り梅』の名は永遠に残るのですから。
定年退職をされた男性二人で1500人の上映会を成功させた、大阪府守口市―。仕事をリタイアした後は何か社会の役に立つことがしたいと、自家用車を使って、お年寄りの送迎ボランティアをされているという60代です。お二人は、上映会後に作られた分厚い感想文集を送ってくださり、私が隣町に行った時にも会いに来てくれました。
「監督。女ばかりが元気なわけやないですよ。地域のために頑張ってる男もおるってこと、ちゃんと覚えといてくれな、あきませんよ!」
人情も知性も兼ね備えた、オモロイおっちゃん達でした。
こうしてご紹介したエピソードは、旅の中のほんの一部。あえて今日の会に出席できなかった方々のお話を書かせて頂きましたが、私が行かなかった場所にもきっとさまざま貴重なストーリーが生まれ、今も町の中に息づいていることでしょう。
そこには、たかが一本の映画でありながら、「たかが」とは言えない重みがあるように思います。今日の祝う会に集まってくださった皆さんで、苗を植え、その木を育て、今『折り梅』は満開の花を咲かせて頂くことができました。そのことに心からの感謝を申し上げ、これからも長くおつき合い頂けますようお願いいたします。
ありがとうございました。 |