『ユキエ』を作った松井久子監督が小菅もと子さんの『忘れてもしあわせ』を映画化したいと言っている。ついては、豊明市が製作資金の一部を出してくれるように運動したい。話は極めて単純ですが、決して簡単でないことは、ちょっと考えればすぐわかります。それでも、「とりあえずやってみる」ことにしたのは「面白そう」だったからです。
何が面白いのか。

 その一:話が突拍子もない。だから「非」常識。他市町に先例のないことではないが、従来の行政の考え方からすれば、歳出項目になるとは考えられない。したがって、行政担当者も多くの市民も驚き、そして反対するだろう。そうすれば、行政のあり方についてみんなで考えるきっかけになり、議論が起きるだろう。ひょっとすると高度に知的な議論が期待できるかも知れない。

 その二: 「市民の盛り上がりがあれば、できない話ではない」という市長の言葉もある。じゃあ、盛り上げてみようじゃないか。たとえダメでも、何かが残る。

 その三: ボランティアを組織してロケ支援体制を作れば、市民が参加するお祭りになり、市民同士のコミュニケーションもはかれる。顔見知りが多い町は住み心地がいいはずだ。

 その四: いい映画を作ってもらって、たくさんの人がそれを見てくれれば、ぼくらの町が全国に知られるようになる。市民が町に愛着と誇りを持てるようになるだろう。

 その五:ロケ隊がやってきて、有名な俳優さんが間近に見られる。わお。映画の撮影って、どんなふうにするんだろう。やっぱり「カット!」って言うんだろうね。

 趣旨に賛同して集まった、特に女性達の活躍によって一万人を越える署名が集まりました。生まれたばかりの赤ん坊も含めた全人口の二割近い数です。行政の具体的施策についてこれほど明確に市民の意思が表明されたことはかつてありませんでした。市民がひとつの価値観を提示したという意味で、画期的なことであったと思っています。

 まったく新しい事業でしたから、予算案全体に影響を及ぼすのは当然でした。その際に起きるであろう議論それ自体に大きな意味があるとわたしたちは考えていました。たとえ部分的にしろ、従来の予算項目の正当性を再検討する必要に迫られるだろうと期待しました。

 しかも、ここでわたしたちが提示した価値観は公金を使っての映画製作という文化的価値の創出でした。これは市役所職員にも市会議員の多くにも具体的なイメージを描くことができない種類のものでしたから、とまどいと反発は最初から予想されました。しかし、多数の署名は公共施設の建設といった従来の価値とはまったく異なる文化事業に行政が関わることを良しとする考えが市民の中に存在する証でした。

 公共施設整備が市民個人にとっても「進歩」であり「善」であるかのごとく思われた、敗戦にともなうコンプレックスが人々の思考を規定していた時代はすでに終わったと私は考えています。西欧近代社会と異なり、我が国においては、敗戦直後の一時期を除いて、共同体(自治体)はいかにあるべきかということが議論のテーマであったことは歴史上ありません。一つひとつの施策がどのような理念・理想を基に決定されているのか、わたしたちはどういう社会を作っていきたいと思っているのか。厳しく激しくも公正にして紳士的な論議がおこなわれ、確認された共通 目標に到る道筋について絶えず議論する。それが民主主義社会のあるべき姿です。行政がわたしたちの税金を使ってすることをわたしたちはきちんと理解しておかなければならないし、必要に応じて発言もしていかなければならないのです。局部的利益誘導型土建行政を乗り越えて、共同体が果 たすべき役割と何を価値とするかを明確に規定し、そこから具体的施策を提言する。

 映画への出資を求める署名の意味はこれでした。映画をめぐる議論の中でこのような思考プロセスが一気に進むなどと思うほどわたしたちはナイーブではありません。でもとにかく第一歩。あらゆる機会を捉えて発言していくことが必要です。
共同体のあるべき姿を考えるためには、それを構成している人間とはどういうものであるのかということについての充分な知的検討作業が必要です。

 歴史的な意味での近代は、個人の自由と尊厳を不可侵のものとして主張するところに始まります。それは国民国家形成の時期でもありましたから、個と全体との関わりがいかにあるべきかは繰り返し提起される大問題でありましたし、個の犠牲の上に立った全体的決定が欧米においても繰り返されてきました。日本ではしかし、個人の自由と尊厳を基礎とする全体の構想が広く議論されることはありませんでした。意図的に阻害してきたというべきでしょう。GNP(GDP)の国際的競争に集中することによって維持できるであろう共同体幻想を根底においたまま、何だかよくわからない「自由」や「個人」といった原則が戦後憲法に盛り込まれました。しかし、これを表面 的かつ個々バラバラに適用していった結果、確たる全体構想を欠くがゆえに、村落共同体ももはや存在しない情況の中での自由は、個人を寄る辺なき存在として放り出してしまいました。

 わたしたちは厳しい競争社会の中に生きています。それは絶えず自分の価値を証明していかなければならない社会です。その中でわたしたちは敗者としてその存在を否定されるという不安におびえています。敗者がおのれを生み出す組織の倫理を無視するという挙に出るのは当然です。わたしを否定するものをわたしの敵と見なし、それを攻撃することにわたしは一瞬たりとも躊躇しないでしょう。不安に満ち、殺伐とした世界の中にわたしたちは生きています。

 ひとは一人で世界と向き合って生きていくことはできません。自分一人だけで自分を肯定して生きるなどということは競争の勝者にさえもできないのです。わたしたちにはどうしようもない経済優先の現実の中で、それでもなお人間らしく生きていこうと思えば、この個々バラバラになってしまったわたしたちが寄りかかれるものが必要です。家族、友人がまずその支えにならなければなりませんが、それさえも崩壊しつつあるのが現実です。

 一人ひとりの存在をかけがえのないものとし、それをよしとする。そして、あなたが生まれてきたこと、あなたがいることをわたしは喜ぶと言ってくれる人をわたしたちは求めています。これがマザー・テレサからのメッセージでした。人の数だけ歴史があります。その一つひとつがその一人ひとりをその人たらしめているのであり、それに敬意を以て対することが生きる力を与えてくれます。

 小菅もと子さんとご家族が、義母政子さんとの関わりの中でまさに血を流すような思いの末にここに到達されたことは彼ら、特に彼女の人間的偉大さを表すものです。「忘れてもしあわせ」の映画化が、映像による物語の力によってさらに多くの人々に人間の尊厳について、ひととひととの関わりについて考える手がかりを与えてくれるでしょう。おのれならざる者の心の痛みをおのれの痛みとして共感すること、それはイメージする力のみがなし得ることであり、それを育てるのは良質の文化であると考えています。

 映画化実現に向けて市民が動くということは、「忘れてもしあわせ」が教えてくれたことを共有する人の輪を広げることでした。撮影時の協力から市民のための特別 試写会の実施まで、市民ボランティアを組織して、目的とそこに至るプロセスを共有することは、相互に匿名の存在である市民がお互いに見知らぬ 人ではなくなることです。たとえほんのわずかでも「折り梅」に関わることで町が血の通 った人間でできていることを感じられるだろうと思ったのです。個人をベースとした、いわば私的共同体の構築へ向けた作業といっていいでしょう。それをわたしたちは「お祭り騒ぎ」と表現してきました。その枠組みを作るために税金を使う意味があるとわたしたちは考えたのです。したがって、映画なら何でもよかったのではなく、それはやはり「折り梅」でなければならなかったのです。

 しかし、そのような私的共同体の規模は限定されたものです。それだけではそのような小グループがその他の世界と敵意を持ってあるいはまったく無関心に対峙するという構造は変わりません。グローバル化する経済の中で、わたしたちは心の拠り所としての共同体を求めています。少なからざる若者達が新興宗教組織に求めるものが共同体の幻想であることは、このことを逆説的に示しています。世の中にある様々な組織・団体が果 たしているのもこの役割です。その限界を超えたところにある新しい共同体を構想すること、それが究極的なねらいでした。

 個人の自由と尊厳に対する敬意を制度化し、バラバラな個人が生きるよりどころとしての共同体を作ることを、それが今必要なのであると考えています。ひとの痛みを感じるイメージの力は感性ではなく、知性の働きであるとわたしはずっと考えてきました。新しい共同体の構想はつまり知的作業なのです。痛みや安らぎを感じる心が誰にもあるように、それが自分以外の人間にもあるのだということを理解し、それが状況によって失われ、人が悲しむことのないように人間同士の愛を制度化する、といえば妄想と聞こえるかも知れませんが、デモクラシーとは実はそれに他ならないのであり、西欧近代のスローガンはこれでした。そんなものが一朝一夕にできるとは夢にも思っていませんが、共同体が目指す方向を議論し、明確にしておくことはできます。市民参加とはそういう意味であると考えています。

 わたしたちはわたしたちの国を町を好きになりたいと思っています。「異境には金の雨降り、ふる里に降るは氷雨ばかりなり。ふる里はされどふる里」というインドネシアの言葉がありますが、人間とはかくも哀しい存在です。「古き良き昔」に回帰するということではありません。「昔」の共同体の基本原理は人間に対する組織の優先であって、「ひとの心」を原理とすることなど考えてみたこともありません。条件によっては戦争やスポーツもそのような役割を果 たしますが、極めて短期的で、特に戦争は人間蔑視そのものですから共同体を作る原理としては機能しません。ひとが自分の所属する共同体を愛し、誇りに思うのは道路や公共建築物のためでもありません。わたしたちはわたしたちが何者であるのかを共同体の創り出した文化によって確認し、そこから生きていく力を得るのです。わたしたちのアイデンティティーを形づくっているのはわたしたちの文化なのです。共同体は今、文化の持つこの力を認識し、人々が共同体を愛する理由を作り出していかなければならないのです。自分を受け入れ、自分のことを思っていてくれる共同体のために働くことを人はいといません。

 豊明市が映画の製作に資金を出すこと、行政施策として文化の創造に関わることによって市民が町に誇りを持てるだろうと考えました。文化行政によって多くの市民の心がひとつになる、それが大切なのだということを行政担当者にも市民にも理解してほしいと期待しました。署名を添えての要望は、そのためにわたしたちが納めた血税を使って欲しいという意味であり、わたしたちはそのように発言してきました。この町で暮らそう、この町で年を取ろうとみんなが思えるような(たぶん)気の遠くなるような未来を見据えた努力の一部と理解しています。

 わたしたちの町が映画に資金を出し、それを市民が誇りうるためには全国の人に観てもらえるものでなければなりませんでした。良質な作品を全国に発信することをねらったとき、原作者が市内在住で、監督もこの町で撮影したいという希望を持っている。千載一遇のチャンスとわたしたちは考えました。これが実現すれば、行政も文化事業の意義と意味を理解し、それに共感した市民の心がひとつになり、そして作品が全国に発信され、その完成にわたしたちも協力したのだという誇りが持てます。その時、それが他でもないまさに「折り梅」という映画であることは、人と社会のありように心という観点を持ち込むことの大切さをこの町と市民達が理解したことのシグナルになるだろうとわたしたちは考えました。特別 試写の後、観客達が見せた誇らしげな表情はこの考えが正しいものであることを証明したと思っています。