<連載> 松井監督直筆のプロダクション・ノーツ
 

 
 Vol 1-2  
 

 愛知県東郷町。98年12月、この町で上映会を開いてくれたのは前年の9月、<あいち国際女性映画祭>で『ユキエ』を観てくださったIさんというの町会議員の女性。この方も1年以上も前に観た映画を忘れずに、こんなにも長い間その実現を待っていてくださったのだ。 その東郷町で。

いつものように映画が終わって講演が始まるまでの時間、一人控え室にいた私を、目を真っ赤に泣き腫らした二人の女性が訪ねてくださった。車椅子を押して入って来られた若い方の女性が、

「私の姑です。痴呆になってもう4年になるんです」

と声を詰まらせる。車椅子のおばあさんは

「ユキエさん、私とあんまりそっくりで・・・」

と両の手で何度も涙を拭っていらっしゃった。 『折り梅』の原作者・小菅もと子さんとマサ子さんとの、最初の出会いである。

 「お茶でも飲みましょう。お菓子もありますよ」

部屋の中にお誘いして、わずか数分、お茶とお菓子を頂きながら私達は一緒の時を過ごしたのだった。

「おばあちゃん、この紙を自分でむいてごらん。そうそう、よくできたねえ、どう?美味しい?」
「ウン、とっても美味しい!」

 それは嫁と姑というよりも、かけねなしに信頼しあう母と娘の姿だった。勿論お嫁さんが「母」でお姑さんが「娘」である。お二人の心が、健常な姑と嫁の間ではけっしてあり得ない、深い絆で結ばれていることが解った。そして、お菓子を頬張りながらお嫁さんを見上げるお姑さんの笑顔は、童女のように愛らしい。そんなお二人を眺めながら、

「ああ、痴呆には、こんなプラス面 もあるんだ・・・」

と、私はその姿に羨ましささえ感じていたのだった。

 別れ際、

「私が書いたおばあちゃんの介護日誌が本になったんです。読んで頂けますか?」

と、もと子さんから渡された一冊の本。その帯には

<そうか、癒そうと思わなくていいんだ。おばあちゃんの感じたことを、そのまま受け止めればいいんだ>

とあった。そして私は中身をまだ一行も読まないままに、頂いたばかりのその本を持って講演のステージに上がると、観客席に向かって「ぜひ読んでください」と迷うことなく言っていたのだった。
 

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