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観たい映画をなかなか観ることができない町がある。
東京に暮らす私は、そのことを映画を作ってはじめて知った。
「私が子供の頃はこの町にも映画館が3軒もあったのよ。それが今ではたった1軒になってしまって、やるのはアニメかハリウッド映画だけだから・・・」
観たいものがあったら自分達で上映会を主催して、映画を招ぶしかないのだ、と彼女達は言う。
新聞の、小さな記事で知ったに過ぎない『ユキエ』という映画を、自分達の町で、自ら主催者になって招こうという女性達のエネルギーは凄い。いったい何が彼女達をそうした行動に駆り立てるのか・・・?
会場を押さえ、行政にも応援を働きかけ、そして日々足を棒にしてチケットを売り歩くという地道な活動は、単に「映画好き」というだけでは片づけることのできない行為だ。
チケットを売って得たお金が、万が一会場費とフィルム代に満たなければ、自分で赤字を負担してもやむを得ないという覚悟で、彼女達は上映会を開くのである。
そんな女性達が全国にいることを知って、私はただただ驚き、またそうした行為にエネルギーを注ぐことのできる彼女達に、頭が下がるばかりだった。
そして全国各地で女性達との出会いを重ね、語り合いながら、彼女達が何よりも「共感」を求めているのだということを知ったのだった。
同じ町に暮らす隣人たちと、同じ映画を観ることによって共感を分かち合いたい。今観たばかりの映画について語り合いたい。そしてその上映会をきっかけに、地域の人々とこれまでになかった何か新しい関係を築くことができたらという純粋な思いに突き動かされて、彼女達は上映会を開くのだ。自分が生きていることの証を自分の心と身体で実感するために。
そして私は気づかされる。 上映会を開くことを思い立ち、何度も挫折しそうになりながら、最後にそれを成功させた彼女達の達成感は、そのまま私自身の映画作りの体験とぴったり重なっているのだとういことに・・・。
「女性映画監督というからもっとコワそうな人を想像してたけど、なんだあなた普通
の人じゃないの」
何処に行ってもそんな言葉で迎えられ、
「あなたが作る映画ならまた応援するから、絶対また作りなさいよ」
と励まされているうちに、私はいつのまにか『ユキエ』が完成するまでの5年の道のりを、その道のりがどんなに苛酷だったかを、少しずつ忘れかけていたのだった。
この人たちにもう一度会いたい。
会うためには、また新しい映画を作らなければ・・・と、いつのまにかとても前向きになっている自分がいたのである。
そう、製作中はまったく予想もしなかったことだけど、私は『ユキエ』とともに全国を歩きながら、他ならぬ
お客さまによって映画製作の疲れを癒していただき、彼女達の励ましのなかで、新たな作品づくりへの意欲を甦らせていただいたのだった。
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